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名古屋地方裁判所 昭和48年(ワ)2015号 判決

当事者の表示

別紙当事者目録記載のとおり

主文

一  被告大栄興業株式会社は、原告石谷智、同峯明子、同富樫弘之、同宮田明美、同蛯江美鈴、同盛合健一、同徳田裕子、同深津勇人、同安藤誠、同関澄広太郎、同中村文治、同高殿しのぶ、同大橋明子、同吉村美和子、同奥田信、同原正樹、同長村奈津代、同加藤美保、同安藤久代、同山村和枝、同梶田稔泰、同松波誠、同寺本徹、同森野康昌、同平田哲也、同寺島勇、同大原英義、同木村利恵、同岩部昭男、同三宅樹に対し、各金三万円を支払え。

二  被告大栄興業株式会社は、原告梶田千鶴、同加藤眞美、同山田美紀子、同谷川智之、同青山和弘、同佐藤仁美、同加藤正、同宮田陽子、同加藤尚子、同三浦雅勝、同盛合美佐、同長谷部伴明、同礎部保直に対し、各金五万円を支払え。

三  原告らの被告大栄興業株式会社に対するその余の請求はこれを棄却する。

四  原告らの被告日本国土開発株式会社に対する請求はこれを棄却する。

五  訴訟費用は、原告らと被告大栄興業株式会社との間においては、原告らに生じた費用の二分の一を同被告の負担とし その余を各自の負担とし、原告らと被告日本国土開発株式会社との間においては全部原告らの負担とする。

六  この判決は原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告らは原告らに対し、別紙物件目録(一)記載の土地上に存する別紙物件目録(二)記載の建物のうち、四階部分の別紙物件目録(三)記載の建築部分及び、二階、三階部分の別紙物件目録(四)記載の建築部分を取り毀せ。

2  被告らは連帯して各原告らに対して、金二〇万円を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

1  請求の趣旨1に対する答弁

(一) 被告大栄興業株式会社の本案前の答弁

(1) 本件訴を却下する。

(2) 訴訟費用は原告らの連帯負担とする。

(二) 被告大栄興業株式会社の本案の答弁

(1) 原告らの請求を棄却する。

(2) 訴訟費用は原告らの連帯負担とする。

(三) 被告日本国土開発株式会社の答弁

(1) 原告らの請求を棄却する。

(2) 訴訟費用は原告らの負担とする。

2  被告らの請求の趣旨2に対する答弁

原告らの請求を棄却する。

第二  当事者の主張

一、請求原因

1  原告らは、名古屋市千種区橋本町三丁目四番地の二所在名古屋市立東山保育園(以下、東山保育園という)に、別紙在園分類表のとおり、在園し、あるいは、在園した園児である。

2  被告大栄興業株式会社は、同社代表取締役野呂栄三の個人所有にかかる別紙物件目録(一)(1)、(3)及び同人とその妻子の共有にかかる同目録(一)(2)記載の土地上に、いわゆる賃貸マンション(共同住宅)を建設して、これを賃貸することを計画し、次のような規模の建物(以下、本件建物という)を設計し、昭和四七年八月一六日名古屋市に建築確認申請をし、同年一〇月一一日その確認を受けたうえ、被告日本国土開発株式会社にその建築工事を請負わせた。

(一) 構造 鉄筋コンクリート造四階建

(二) 建築面積 279.09平方メートル

(三) 延べ面積 1078.43平方メートル

(四) 建物の高さ 12.10メートル

3  東山保育園の敷地面積は六五七平方メートルで、別紙図面(二)のとおり、その敷地の北側部分に園舎とプールがあり、その南側部分に園庭があり、そこには数本の樹木、花壇、砂場、ブランコ、ジャングルジム、シーソー、すべり台、鉄棒がある。

4  本件建物は、別紙図面(二)のとおり東山保育園敷地の南側隣接地の境界線に近接して建てられた東西約32.10メートルの細長い変形の四階建マンションであり、被告日本国土開発株式会社が完成し、被告大栄興業株式会社に昭和四八年一一月二四日引渡した。

5  本件建物の最高の高さは12.10メートルであり、冬至における日影は、別紙図面(三)のとおり、午前九時において南西部分の園庭三分の一強、午前一〇時園庭の約二分の一、午前一一時園庭の東側部分を除く約三分の二、正午園庭の隅を除く約五分の四、午後一時すぎ園庭の一部の隅を除き殆んど全体に、午後一時から二時の間で園舎の遊戯室の開口部に 午後三時には園舎の南側テラス、東側乳児室、保育室に及ぶ。

6  東山保育園は 日曜祭日及び夏季冬季のわずかの休暇を除き、午前八時三〇分に開園され、原告らは同時刻より午前九時三〇分までの間に登園し、午後三時三〇分頃帰宅することを日課としている。しかして、原告らは雨天を除いて登園より午前一〇時頃までは園庭で自由遊びをし、午前一〇時一〇分より同三〇分頃までは園庭で体操、行進、マラソンを行い、以後帰園に至るまで保育時間の多くを年令別に園庭を利用した自由遊びや運動をし、所謂遊び活動の中で保育を受けている。

7  保育園は、園児にとつて生活の場であるとともに、教育の場である。しかし、保育園が学校と異る点は、幼児教育は知識を与えることを目的とするものではなく、生活と遊びを通じて、子供の心身の健全な発達を促がすことを目的としている点にある。一見、何気なく置かれている遊具も、園庭の設計も、全て、右の目的に合致するように考えられているのであり、たゞ、楽しげに遊んでいるように見える子供らの背後に、保育理論に裏付けられた保母の方針と指導が存在する。このように保育園における保育は、遊びの中で最もその効果が期待されるため、園庭と園舎は一体として評価されなければならないのであり、日照を必要とするのは園舎よりむしろ園庭の方である。

園庭における日照の必要性につき厚生省児童家庭局長による「保育所保育方針について」は、保育の目標を実現するために、情緒の安定と心身の調和的発達を図ることと、養護のゆきとどいた環境の必要性を述べ、屋外遊戯場は子供の活動を豊かにするにふさわしい広さを持ち、また、遊具、用具などが整えられ、それが十分に活用されるよう配慮されなければならないとして、保育環境の重要さを説いている。そこでは園庭の日照は特に触れられていないが、その趣旨からして余りに当然なこととされているからにすぎない。文部省の作成にかかる保育要領によれば、「運動場は日光のよく当る高燥で排水がよく、冬は冷い風にさらされないところを選び、遊具のある附近には、夏は木陰となり、冬は日光が十分当るよう落葉樹を植え、日当りのよい運動場の一部を花畑等として野菜や花を愛育するようにしむけるとよい」と述べている。これらを受けて、建築の分野では、幼稚園、保育園の園庭について、広さ、陽光、自然の必要性を強調し、これを「保育園の延長としての空間」と把握して設計すべきものとされているのである。

しかるに、東山保育園の園庭の日影は、保育時間の全時間に亘り、園庭の中心的部分に侵入し、園庭の機能を麻痺させているのである。

このように、原告らの保育に決定的支障を及ぼすほど、園庭の日照阻害が生じている限り、仮令、園庭の一隅には日照が残されているとしても、それは園庭としてはもはや意味のない日だまりにすぎない。

8  名古屋において住環境を確保するため、昭和四九年三月より施行をみた名古屋市日照等指導要綱によれば、本件建物は住居地域に属するので、同要網三項の適用範囲に入り、日照保全地域第二種として、冬至の午前九時より午後三時までの間日照時間三時間以上を確保する義務を有し、他地への日影侵入は敷地境界線外の水平距離では東北方向に対し六メートル以下、午前一一時及び午後一時における各部分の日影は、当該各部分より真東及び真西方向に五メートル以下であると規定されている。さらに同要網7二項は建築主に対し、「学校、児童福祉施設、老人福祉施設、結核療養所に対する日照時間については、……特に配慮しなければならない」と規定している。この基準は、名古屋市住民の合意に裏付けられた保全基準であつて、日照確保のため、十分の合理性を有するものであるが、これによつても、本件は受忍限度を越えていること明らかである。

9  本件建物は建築基準法上の住居地域に該当するが、この地域には、いまだ高層化の波は押し寄せておらず、北の隣接部分は第一種住居専用地域に属する。確かに南方において、本地域は商業地域にかなり近接しているが、そもそも名古屋市における用途地域の指定は、道路特に幹線的道路に面した部分を細く商業地域に指定しているのであり、このことによつて、右指定は、大局的都市計画の展望に欠け、さまざまな矛盾を提出せしめている。このような点を考慮して、本件における地域性を総体的に把握した場合、本件地区は住居専用地域として純化すべき地域である。けだし、近隣における中高層建築物は、わずかに道路をへだてて東山小学校の三階建校舎と本件建物の敷地の西側に四階建共同マンション(これは、東山保育園にほとんど日影を与えていない。たとえ、本件建物と日影が競合しても午後二時頃の一部にすぎない)が存在するのみで、他は、二階建ないし平家建の一般住居が殆んどであり、今後、そのほかに中高層建築が予想されることはないからである。

10  本件建物完成までの経過は次のとおりである。

(一) 昭和四七年八月二五日―被告ら地鎮祭挙行

(二) 同年九月八日東山保育園側より「父母の会」に被告らのマンション建設についての通知があり、有志が被告大栄興業株式会社代表者野呂栄三に面会したところ、同人は「日照については我慢してもらいたい。あなたの子は長くないではないか。」と申し向け、話し合いの余地が見出せなかつた。

(三) 同年九月九日―「父母の会」有志が名古屋市建築局において、始めて概要書を閲覧

(四) 同年九月一一日―陳情書を作成し、千種区選出議員立会のもとで、民生局、建築局へ陳情し、今後、被告ら「母の会」、民生局、建築局で話し合うことを約束した。

(五) 同年九月一六日―一、四〇〇名の陳情書をもつて市長、市議会議長らに陳情した。ところが、保育課長は話し合いに「母の会」を入れないと通告してきた。それは被告らの意思でもあつた。

(六) 同年九月二五日―「東山保育園の太陽を守る市民の会」が結成され、一般市民、保母「母の会」らが参加した。

(七) 同年九月三〇日―被告日本国土開発株式会社に建築反対を訴えたところ、建築公害を与えるものについては軽々に工事をしたくないと言明した。

(八) 同年一〇月五日―東京都世田谷区が世田谷の保育園で同種の問題解決のため、保育園隣地を買上げたことを知り、市に働きかけたところ、民生局より五階を四階とすることで被告大栄興業株式会社と話し合いがついた旨の通告を受けた。市民の会有志が野呂栄三宅を訪れたとき、同人は「北側が一般住宅なら建てないが、保育園であるのでマンションを建てるのだ。あなたたちの子は二、三年で卒園するのではないか。」と発言した。

(九) 同年一〇月七日―第一回目の市長への陳情。市長は関係局と相談すると約束した。しかし、「被告大栄興業株式会社から、建築確認をしない限り市に対し損害賠償請求訴訟を提起する旨内容証明郵便をつきつけて来ているので困つている。」という発言があつた。この日被告大栄興業株式会社と名古屋建築局及び民生局は、池下のスズヤ喫茶店二階で密談を交わした。

(一〇) 同年一〇月一一日―第二回目の市長への陳情。市長は実際は、同日建築確認をしていたにも拘らず、陳情者らに対しては未だ確認していないと言明した。

(一一) 同年一〇月一二日―名古屋市保育課長 建築審査課長が来園し、被告大栄興業株式会社との話し合いを公表する必要がないという。同日午後、参議院議員会館で厚生省母子福祉課長は、この件は児童福祉法、厚生省令に違反する懸念があるので、保育行政を正しくすることを名古屋市民生局に通告すると言明した。

(一二) 同年一〇月二七日―野呂栄三宅に話し合いに赴いたが、同人は「住所氏名をいえ。写真をとるぞ。」と発言したため、その後話し合いはなかつた。

(一三) 工事中止の仮処分申請事件(昭和四八年一月二九日申請)の審尋中、裁判長が被告大栄興業株式会社に建築続行の意思の有無を確認したところ、渡辺弁護士は「セメントがないからやる心配はない。」と答弁した。しかるに突如、昭和四八年四月基礎工事をし、同年五月頃コンクリート駆体を完成させた。

(一四) 昭和四八年五月二九日―市長が交替し、用地交換等の和解の端緒はあつたが、既に強行された駆体の存在が事件解決を不可能とした。

(一五) 同年一一月二四日―本件建物完成

以上の経過からすれば、被告大栄興業株式会社は北に隣接する東山保育園の園庭、園舎の日照が阻害されることをむしろ積極的に容認して本件建物を建築したのであるから、加害の意図を有すること明らかである。

11  被告大栄興業株式会社が、本件建物の敷地の一部である名古屋市千種区橋本町三丁目二三番の二宅地214.87平方メートル(別紙物件目録(一)(1)記載土地)を購入したのは昭和四三年である。これに対し、東山保育園は、昭和二六年に開園し、以来多くの園児を送り出し、地域社会に大きな貢献をしてきた。被告大栄興業株式会社代表者野呂栄三は、右土地が東山保育園と地続きであつて、南側に位置していることは十分承知で購入したこと勿論である。というのは、同会社の事務所は別紙物件目録(一)(2)、(3)記載の土地上に存し、野呂栄三と東山保育園とは隣人同志であるからである。したがつて、被告大栄興業株式会社及び実質的には野呂栄三は、同じ地域社会を構成する一員として、原告らの保育園児の福祉を尊重した土地利用を考えるべきであつたのにかかわらず、徒に利潤追求のみを考え、自らは南面に七メートル余の庭園を保有し、道路と川を経て日照をあり余る程に享受しながら、本件建物を境界北側いつぱいに設計上の配慮もなしに築造し(前記日照指導要綱施行前のかけこみ的建築のにおいもある)しかも一方的に工事を強行し、被告日本国土開発株式会社ともども、原告らの権利を侵害したのである。

また、昭和四八年四月入園した別紙在籍表二記載の原告らは本件建物が建築されることを入園の日に知つたが、原告らが入園し得べき保育園としては東山保育園しかなく、他の保育園への入園は競争率からも全く不可能な状況であつた。

12  被告らが五階建を四階建に設計変更したことは、原告ら及び周囲住民の合意とは全く無関係であつた。被告らが、このように設計変更したのは、単に、名古屋市より早急に建築確認申請書の交付を受けて工事を進行しようとしたためであり、また、これにより原告らの話合いの申入れを全く無視することを意図したにすぎない。

13  原告らが他の保育園に入園しうる可能性は全く存しないことは、名古屋市立の保育園が近隣には全く存在せず、また、他地区の保育園に入園しようとした場合の競争率の激甚さを想起すれば、自ら明らかである。すなわち、原告らは、転園による被害の回避可能性を有しないものである。

14  保育園では、前記7でも触れたような教育目的の実現のために、一定の長期的展望に立つたカリキユラムが作られ、このカリキユラムを実現するためにデイリープログラム(日課)といわれるものが、各園ごとに作られている。ところで、デイリープログラムは幼児の特性に応じた一定の原則に基づかねばならない。すなわち、未だ持続性の乏しい幼児に対して保育効果をあげるためには、活動と休息、緊張と解放という生活リズムにのつとつてデイリープログラムが組まれなければならないのであるが、幼児に緊張を求め、これを拘束する内容の保育は疲労の蓄積される午後には不適当である。したがつて、保母の指導の下に、子供達に一定の拘束を与え緊張を要求する所謂「一斉保育」は午前中に行われるのが原則である。そして、「一斉保育」は原則として屋内で行われる。午後、子供達を室内に閉じこめて一斉保育を行おうとしても、子供達はあくびを始め、散慢になり到底行えない。また、一斉保育は各年齢毎に行うものであるから、ときに園庭を使用して行う場合でも、全クラスが同時に行うことはできず、一クラスが園庭を使用すれば他のクラスは屋内で保育を受けることとなる。このような点からすると、デイリープログラムを変更し、日照のある午前中に屋外で保育をし、午後屋内で一斉保育をするように園児の日課を修正しようとすることは、幼児教育の実態を知らぬ者の発想でしかないし、また、園庭有効面積の半分が午前九時から同一〇時の間に影になり、遊具の大部分がその影の部分に入つてしまうような本件の場合には実益のある議論ではない。

15  原告らが本訴を提起した後名古屋市は東山保育園の日照被害を回避するため、その旧園舎を取り毀し、(新園舎完成まで仮園舎が仮設されていた)、新園舎を出来る限り北側によせ、二階建とし約二五〇平方メートルの屋上園庭を設置して建築したが、これにより、一階保育室の一部と園庭に対する日照阻害が改善されるまでには至つていない。また、屋上園庭は真の意味で「園庭」と呼べるものではない。園庭とは、子供らが走り、飛び、跳ね、土や砂に触れることのできる自然の庭でなければならない。しかるに、屋上庭園は、所謂テラス又は、日光浴ないしは陽なたぼつこが可能である屋上にすぎない。尤も、右屋上には人工芝が敷かれているが、これは、(イ)夏は直射日光により火傷をする程熱くなり、冬は寒さのため固くなり、園児のやわらかい皮膚を傷つけ、目などをつく危険すら存すること、(ロ)静電気が発生し、子供達は恐がつて遊ばないこと、(ハ)静電気の防止に薬剤を散布しても、園児が手をふれてなめたり、皮膚についたりする危険がある上に、雨が降れば流れて効果を失うこと、(ニ)芝の間にほこりやちりがたまり、また、雨水もたまり不潔であること、(ハ)東山保育園には、定員の関係(子供らが自由に遊んでいる場合でも、常に、その全体を観察し把握している保母が、最低一名は必要とされる)から、屋上園庭と園庭の双方に一名づつ保母を配置し、園児を監視するゆとりがないことなどから、屋上庭園は現在殆んど利用されていない。

16  現代社会において、保育園は次の二つの役割を有する。すなわち、(イ)家庭の状況が幼児を保育する条件を部分的に欠いている場合にこれを補う役割と、(ロ)社会環境が幼児の成長に必要な条件を欠き、ないしは、成長に適当でない場合にこれを補う役割とである。ところで、原告ら東山保育園園児の家庭は殆んど両親共働いている。サラリーマン、米屋、印刷屋、牛乳屋、パート、内職等さまざまであるが、ここには働く庶民の懸命な生活がある。また、なかには老いた病気の両親の看護や、心身障害児の教育のために母親の手をとられている家庭もある。いずれをみても、これらの家庭にとつて、東山保育園がどんなに必要とされているかは明らかである。次に、原告らの住居の状況については、商店が比較的多い地域であることもあつて住居が密集し、日照は少ないか、あるいは皆無である。しかし、原告らを戸外で遊ばせれば交通事故の心配がある。園児らの家庭周辺で子供が安全に遊ぶことのできる場所は全くない。

このような社会的環境の中で、子供はどのようにして健全に育てられるのであろうか。ここに、保育園に期待されている二つ目の役割が生ずる。すなわち子供を育てる場である保育園だけは、最良の環境が保全されねばならないのであり、これを守ることが地域社会の全ての構成員の責務であり、個々の財産権の行使はこの責務の前に一歩譲らなければならない。

そもそも、日照は快適で健康な生活に必要不可欠な生活利益であるが、保育園においては特に発育途上にある幼児がその主体となるので、日照はただ健康な生活を営む絶対的な基本権であるとともに、良い環境で保育を受け、かつ、生命身体の幸福を追求する権利の内容として、法的保護の対象となる。すなわち、

(一) 憲法二五条の保障する「健康な生活」とは、いわゆる病気ではないという消極的通俗的な意味ではなく、「幸福」「福祉」という概念まで高められた肉体、精神の両面における積極的良好な健康を意味するのであり、このような観点に立つと、日照権の保護はまさに市民の生活権にとつて基本的な内容とならなければならない。特に成長期の幼児にとつて、日照は生命と健康上不可欠である。すなわち、紫外線は生物の生育を促進し、ビタミンDを補い、殺菌作用をもつ。太陽光線は冬期には弱まるが、中でも紫外線はそれが顕著であり、かつ、午前中は非常に弱い。したがつて、紫外線を充分にあびるためには正午以降午後二時頃までの間日照を受けることが効果的である。ところが、本件において、この時間帯には園庭はすでに影になつている。また、砂場は子供達の最も好む遊び場である。砂場は常に乾燥し清潔でなければならない。砂場が完全に日影になつてしまうことは、雨後、乾きにくくなり、ひいては雑菌の発生が必至となることであつて、幼い子供の遊び場としては不衛生極まりないのである。東山保育園ではやむをえず、時々クレゾール液を散布して消毒を行つているが、これも子供が手を触れるものであるだけに量によつては危険性がある。次に、赤外線は熱線であつて、冬期の「暖かさ」は人の心身の働きをはつらつとさせ活発にする。さらに、可視光線は「明るさ」の源であり、熱線と共に人の心を明るく解放的にする働きがある。明るい暖かい環境は子供の活動意欲や積極性を高め、運動機能を発達させると共に情緒を安定させ豊かにする。暗い寒い環境が人の心身を委縮させ、消極性、不安定性へと導くことは誰もが経験するところである。

(二) 憲法二七条は教育を受ける権利を保障し、この権利には良い環境の中で保育を受ける権利を包含している。保育園において、園舎と園庭は一体となつて、保育環境として、幼児に機能し、特に二、三歳児にとつては一時間ないし三時間、四、五歳児にとつては二時間三〇分ないし四時間三〇分にわたつて、園庭を使用する戸外における自由遊び等、遊び活動の保育が重要視されている。そして、幼児の保育においては、運動機能の発達は、運動の機会と場が与えられるかどうかに関係し、かつ、精神の発達にも大きな関連を有する。つまり、幼児は、いづれも「遊び活動」を通じて、知的、情緒的、社会的な発達を遂げるものであり、幼児保育において明るく広い「遊びの場」の設定は不可欠である。このような役割を有する園庭から、日照を侵奪することは、園舎の日照の阻害と同等ないしはそれ以上の弊害を幼児に与えるのである。

18  さらに、本件建物により通風が遮断されるために夏期はむし暑く、冬期は寒気がことのほか酷しくなつたのみでなく、原告らは天空を望むことを制限され、真近にそびえるコンクリート建物より受ける圧迫感も大きい。このことは、原告らが、太陽の下で伸び伸びと遊び、そして発育する権利にも支障を与えるものである。

19  被告日本国土開発株式会社は原告らの被害を十分に知悉しながら、原告らの再三にわたる本件建物建築中止要請を無視して、本件建物建築工事を完成し引渡した。右行為は被告大栄興業株式会社と共同して原告らの享受し得べき日照権を侵害したものというべきである。

20  原告らは、もつとも日照を必要とする幼児期にあり、本件建物が完成した昭和四八年一〇月から各原告が東山保育園在園期間中に(別紙在園分類表掲記のごとく、A項の原告は旧園舎において一冬をすごし、B項の原告は旧園舎と仮園舎において各一冬をすごし、C項の原告は旧園舎と仮園舎と新園舎で各一冬をすごした。)被告らの不法行為に起因する日照阻害によつて受けた精神的苦痛を慰藉するには、原告ら一人当り金二〇万円が相当である。

21  よつて、原告らはそれぞれ、被告らに対し、環境権あるいは人格権に基づき本件建物のうち第一、一1記載部分の撤去及び、共同不法行為に基づく慰藉料を請求する。

二、被告大栄興業株式会社の本案前の主張

原告らは、次に述べるとおり、建物撤去請求権について当事者適格を有しない。

1  東山保育園は、その敷地・建物・諸設備ともに名古屋市が所有し、また、同市(所管民生局)が管理・運営するものである。

2  原告らは、右保育園に在籍するとしても、一・二年位で退園する園児にすぎず、また、保育園自体を管理・運営・処分する権限を有するものでもないから、単に、原告ら四三名の意思のみで、本件建物部分の撤去というような重大な結果を目的とする訴訟遂行権を有する筈はないのである。

3  原告らは、本訴請求の根拠として日照権を主張するが、その日照権なるものは原告らが東山保育園の園児であることを前提とするものであるから、原告ら個々人が各個の日照権を持つというわけではない。本件において、東山保育園の物的施設を所有し、これを管理・運営するものは名古屋市であることからすると、東山保育園全体として一個の日照権が存するのみであり、また、これを享受し得べきものは名古屋市であるといわねばならない。

4  当事者適格の問題は、これをどのように理解するにせよともかく、本訴において、原告らに当事者適格を肯認するならば、本訴原告たる一園児が敗訴しても、なお、他の園児が別訴を提起し得るわけであり、かくては、本件日照権に関する紛争は終局しないことになる。すなわち、このような不当を回避するためにも、原告らの訴訟遂行権を肯認することはできないのである。

5  児童福祉法によれば、保育所は、日々保護者の委託を受けて保育に欠けるその乳児又は幼児を保育し、特に必要があるときは、日々、保護者の委託を受けて保育に欠けるその他の児童を保有することを目的とする児童福祉施設であり、右施設の長は、入所中の児童で親権を行う者又は後見人のある者についても、監護、教育及び懲戒に関し、その児童の福祉のため必要な措置をとることができるとされている(同法三九条、四七条二項)。されば保育園の園長は、保育園ないしこれに準ずる場所での生活関係において、親権者の代行的地位にあり、一方、原告ら親権者は、東山保育園に原告らの保育を委託したうえ、同園における原告らの生活環境については、原告らの親権者たる地位を同園長に信託したものというべきである。してみると、たとえ日照権を人格権類似の権利として把握してみたところで、原告らは、親権代行者兼受託者たる同園長の意思にそわない訴訟追行はなしえないのである。

三、被告大栄興業株式会社の本案前の主張に対する原告らの答弁

1  当事者適格の有無は、本訴において保護されるべき権利ないし法益の主体者になりうるか否かの問題であるから、本訴における権利ないし法益の性質如何にかかるのである。

2  社会環境及び自然環境の両者を含む全体としての環境は 各個人の人格の発展生存にとつて大きなかかわりをもち、その環境が良好に維持されることは、人間の生存・健康・心身の発育・人格の形成にとつて不可欠であり、それを阻害するような環境の悪化は許されない。人はすべからく快適な環境において生活する権利を保有し、憲法一三条は、何人に対しても生命・自由・幸福の追求権を保障する。かかる環境権としてすべての個人に属する。ところで、原告らは、名古屋市により「保育に欠ける」と認定を受け、東山保育園に入園するに至つた幼児で、朝八時三〇分頃から午後三時三〇分までの間、右保育園において生活するものであるが、その取りまく環境によつて、最も影響を受け易い幼児期にあるので、豊かな良好な環境において保育されなければならないのである。しかるに、被告らは本件建物を建築して日照を阻害し、園庭に日影を侵入させ、通風を阻害し、圧迫感を与え、天空を観望することを制約し、風害を発生させて、原告らの環境を破壊するに至つた。原告らは、まさに自己固有の環境権を侵害された当事者として、当然に被告らに対し、建物撤去を請求する適格を有する。右の根拠に立つ限り卒園・在園の別は問わない。

3  右の如き環境権がいまだ法認されないとしても、原告らは、日照を阻害されることによつて、快適で健康な生活を妨害されることより保護されねばならず、この点よりして各自が日照権の主体となりうる。すなわち、我国においては、気候・風土・住宅事情により、生活環境としての日照は高い価値を付与されており、日照権は、「人が心身ともに快適な生活を営む権利」の一つとして、各人に絶対的に附随する人格権として把握すべきであるが、これに加えて、土地家屋に対する利用または占有権に基づく物権的請求権との複合的性格をあわせ有するものと解する。しかし、本質的・絶体的には、人格権としての性質が基本とされなければならない。原告らは、東山保育園において午前八時三〇分頃から午後三時三〇分頃に至るまで、豊かな日照のもとで保育を受けて来たのであるが、被告らが建物を建築することによつて、その日照を阻害され、冷たい日影の園庭で冬期の保育を受け、年間を通じて通風の阻害を受け、圧迫感の下、劣悪化した環境で保育を受けなければならなくなつた。保育園における保育は、教育のみならず、原告らがそこで生活することに特色を有し、日中の大半を原告らは東山保育園においてのみ生活しており、幼児保育において自然の日照は、健康な心身の発育に不可欠である。その被害は原告らの心身に数多くの影響を与えており、成長期の子供たちは、数年間の在籍ないし二・三年の在籍期間にもかかわらず、最も日照の必要な時期を東山保育園において生活し、明かに日照権を侵害されて来たのであるから、原告らは当然に当事者適格を有するのである。

4  名古屋市が本訴に参加しないからと言つて、このことは、同市が所有者としての物的損害を訴訟によつて被告らに請求しないというにすぎず、名古屋市は、原告らを含む全園児に対する日照阻害のもたらす保育効果に苦慮し、その対策を講じている。新園舎の新築も、不十分ながらその一つであり、また、名古屋市日照指導要綱の作成により、社会的に認容し難い建築物を規制するに至つたこともその一つである。なお、本件建物は、右要綱に牴触する建物であることに留意すべきである。

5  被告大栄興業株式会社主張の親権信託論は的はずれである。「保育に欠ける」とは、ただ親がいない、働いているということではなく、住居の条件が劣悪であるとか、近所に適当な遊び場がない、交通事故等の危険があるといつた生活の場の状況も含むとされる。そして、「保護者の委託を受けて」とは、保護者の親権の行使の結果、監護教育をするのであり、その委託の趣旨は法の趣旨にのつとり、良好で日照豊かな保育園、すなわち、子供の活動を豊かにし、十分な心身の発達を期待しうる施設で保育を行うことを意味し、全くの白紙委任ではない。親権はあくまで重畳的に保護者に存続する。このことは児童福祉法四七条一項が児童福祉施設の長は、親権者のない者に対し親権を行うことを原則とし、同条二項において親権者のある場合は「児童の福祉のため」必要な措置を定めていることによつても明らかである。たとえ、信託であるとしても、原告らの一身に専属する人格権を信託することなどはありえない。

6  東山保育園が名古屋市の管理運営にかかるとしても、原告らの人格権としての権利はその管理運営事項に該当せず、いわんや名古屋市にその処分権があるはずがない。

四、被告大栄興業株式会社の請求原因に対する認否《省略》

五、被告日本国土開発株式会社の請求原因に対する認否《省略》

第三  証拠《省略》

理由

第一当事者適格

当事者適格は、訴訟物である権利関係の存否について何人が当事者となつた場合、本案判決で確定するのが必要かつ有意義であるかの問題であるが、一般的には、訴訟物たる権利関係の存否の確定について法律上の利益が対立する者が正当な当事者であるということができる。これを給付の訴についていえば、自己の給付請求権を主張する者が原告適格を有し、また、同人によりその義務者と指名される者が被告適格を有するのである。

本件においてこれをみるに、原告らの主張によれば、原告らは東山保育園園児として享受しうべき日照利益が侵害されているので、環境権あるいは人格権にもとづき妨害建物の撤去請求権を有し、かつ損害賠償権を有する者であると主張し、被告らはいずれもその義務者であると名指された者であるから、それぞれ当事者適格を有するものというべきである。

第二原告らの被告大栄興業株式会社に対する建物撤去及び損害賠償請求

一請求原因1は〈証拠〉により認められる。

二請求原因2は当事者間に争いがない。

三東山保育園における保育の実態及び園庭の意義

〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

1  東山保育園は名古屋市内に約七〇以上存する市立保育園の一つであり、その敷地、建物、諸設備等はいずれも名古屋市の所有(所管は民生局)である。そして、後記の如く昭和五〇年二月新園舎が改築されたのであるが、改築前の旧園舎の面積は約三一九平方メートル、旧園庭面積は約九六五平方メートル(改築後はそれぞれ約四九六平方メートル、約九四四平方メートル)であり、別紙図面(二)に示すとおり、その敷地の北側部分に園舎(旧園舎)とプールがあり、その余の南側部分(敷地の約三分の二)が園庭で、そこには花壇、砂場、ブランコ、ジヤングルジム、シーソー、すべり台、鉄棒などの遊具が備え付けられ、砂場の上には藤棚が付置されている(新園舎改築後は後記四の一(二)認定のとおり若干変つているが、園庭の配置状況、面積、様相等は、改築の前後を通じて基本的には、さして変つていない)。

2  東山保育園の園児定員は昭和四八年当時において、二才児一〇名、三才児二〇名、四、五才児各三〇名(昭和五〇年四月以降は合計一〇〇名に増員)であるが、昭和四八年四月当時の在園幼児数は原告らを含め、二才児六名、三才児二〇名、四才児二八名、五才児二七名合計八一名であつた。

3  東山保育園では、日曜祭日及び冬期(一二月二九日から一月三日まで)の休業日を除き、月曜日から金曜までは午前八時三〇分に開園し、その頃から午前九時四五分頃までの間に順次登園した園児は、午前一〇時の片付けの時間まで天気がよいかぎり園庭で自由に遊び、片付けの終つた午前一〇時から午前一〇時三〇分まで園庭で集会、体操、行進等を行い、午前一〇時三〇分から午前一一時ないし午前一一時三〇分までは保育計画に基づき、年令別にわかれて、或いは室内で絵を画いたり、歌をうたつたり、或いは園庭で球戯、鉄棒等の遊びをしたりして一斉保育を行い、その後手洗いや給食の準備をし、正午から午後一時まで給食をとり、休息、室内び等をし、午後一時から午後二時三〇分まで、二、三才児は午睡し、四、五才児は天気がよい限り園庭で自由遊びをし、午後二時三〇分に片付けをし、午後三時におやつを食べ、午後三時三〇分に帰園する(但し、現在は帰園時間が午後六時であり、また、土曜日は帰園時間が正午である)日課を営んでいる。このように、原告らは年間を通じ、日中の大部分を東山保育園で生活している。

4  保育園は、児童福祉法三九条に定める保育所のことで一般に家庭の欠損状況下にある乳児、幼児を教育しかつ養護することを目的とする児童福祉施設であり、乳幼児が昼間の大半をこゝで生活し、その欲求を満たしながら集団の生活を経験する場所である。そこで、これに対処すべく同法第四五条(最低基準の制定)の規定による児童福祉最低基準(昭和二三年厚生省令第六三号)第五四条は、「保育所における保育時間は一日につき八時間を原則とし、その地方における乳幼児の保護者の労働時間その他家庭の状況を考慮して、保育所の長がこれを定める」旨規定し、相当、長時間に亘る保育を原則としているのであるが、近時、都市部においては、さらに、保育時間の延長がその課題になり、東山保育園においても昭和五〇年四月以降乳児につき長時間保育が実施されている。また、保育園における保育は、乳幼児の福祉を積極的に増進するのに最もふさわしいものでなければならず、養護と教育とが一体となつて乳幼児を育成するところに保育園における保育の基本的性格が存するのである。いわば、乳幼児にとつて保育園は、まさに、生活の場にほかならないわけであり、これに対処して、保育園は十分に養護のゆきとどいた環境の中で生活指導を行うことが目標とされている。右基準第四条に、「児童福祉施設は最低基準を超えて、常に、その設備及び運営を向上させなければならない。最低基準を超えて設備を有し、又は、運営している児童福祉施設においては、最低基準を理由として、その設備又は運営を低下させてならない」と規定している所以も、ここに存する。

5  乳幼児特に幼児が心身ともに健やかに育成されるためには、「遊び」が重視されねばならない。けだし、幼児の活動的行動、心身の発達は、主として、遊びという形態として現われるからである。このような見地からすると、幼児の遊びが保障されるような物的環境すなわち幼児の生活圏が確保されることを要する。したがつて、また、保育園における教育とは遊びを指導することが中心となるのである。ところで、幼児の遊びは、屋内よりも屋外での遊びが重視されねばならない。このような屋外遊びの場が園庭である。この点につき、厚生省児童家庭局長の定めた保育指針は、「保育の環境」として、「保育の効果を十分に上げるためには、整備された保育の環境が必要であり、これがため園庭(前記基準では「屋外遊戯場」という)は、乳幼児の活動を豊かにするにふさわしい広さをもち、また、遊具、用具などが整えられ、それが十分活用されるよう配慮されることが必要である」としている。かつ、前記基準第五〇条においては、「幼児を入所させる保育所には保育室、屋外遊戯場(園庭)等を設けるべき義務がある」ことを定め、「屋外遊戯場(園庭)の面積は幼児一人につき3.3平方メートル以上あるべきこと、及び屋外遊戯場(園庭)には砂場、すべり台及びブランコを設ける義務あること」を明定している。また文部省が昭和二三年幼稚園児保育の「手びき」として作成した保育要領においては、「幼児の成長発達は生活環境の如何に強く依存するのであり、幼児の遊ぶ場所の設備が完全で豊富な遊具に恵まれているかいないかは、幼児の知的、情緒的、社会的発達に大きな差を来すものである」と指摘し、「運動場」としては、「日光のよく当る高燥で排水がよく、夏には木蔭があり、冬は冷たい風にさらされないところを選ぶ。できるだけ自然のまゝで、幼児がころんだり、走つたり、自由に遊ぶことのできるようなところがよい。また、幼児がよく集まつて遊ぶすべり台、ブランコ、砂場、ジヤングルジム等は、相互にじやまにならないように置くとよく、また、大勢が集つて遊ぶところであるから、夏には木蔭となり、冬は日光が十分に当るように落葉樹を植えるとよい」としている。以上の諸点を考慮して、東山保育園においても、前認定の如くカリキユラム及び保育計画たるデイリー・プログラム(日課)の上において、一日約七時間の保育時間中四、五時間にも及ぶ時間を、園庭を利用しての遊び活動に使つている。

6  以上要するに、園庭は、文字どおり屋外遊戯場であり、また、幼児が種々の遊具で遊ぶ場であり、或いは飼育 裁培などの観察活動、作業活動を組織する場であつて、保育室に勝るとも劣らぬ重要性を有しており、或いは、保育室の延長をもつて目すべきものである。このように、園庭は幼児にとつて生活の中心的場所であるので、これが、日影になると、幼児の活動を刺激する明るい雰囲気がなくなり、特に冬期において、幼児は園庭に出ないようになつたり、遊具を使用しなくなつたり、幼児の遊び活動は停滞し、活発性を失うに至る。

7  幼児の遊び活動が停滞すると、幼児の運動機能は減衰し、ひいては、その精神機能の発達も阻害されるおそれが生じる。

四日照被害の程度

1  従前、東山保育園敷地の南側に隣接する土地には東山保育園の園庭に達する日照を妨害するような高、中層建物は存在せず、冬期においても園庭には殆んど日影はなく、原告らは東山保育園の園児として十分な日程を享受していたことは、本件各証拠に照らし明白な事実である。

2  本件建物の高さが12.10メートルであること、及び、本訴係属中名古屋市が旧園舎を取り毀し、出来る限り北側によせて新園舎を建築したことは当事者間に争いがない。〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、これに反する甲第一号証は、本件建物の高さを12.95メートルとし、これに基づき作成された日影図である点においてにわかに採用しがたく、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

(一) 本件建物は、別紙図面(二)に示すとおり東山保育園園庭に南接し(右南接の事実は当事者間に争いがない)、その境界線の形に応じて同保育園側境界線より約五〇センチメートルないし二メートル程度の間隔をあけて建てられた南北約6.4メートルないし一〇メートル、東西約三二メートルの東西に細長いやゝ変形状の建物である。

(二) 新園舎は別紙図面(四)のとおり旧園舎より北側へ約3.7メートル寄つているが、前記三1で認定したとおり園庭部分は従前とほぼ同面積で変わらず、新たにプールが園庭東北隅に、その北に手足洗場が、さらに、屋上園庭への階段の下に砂場がそれぞれ設置されたほか従前どおりである。

(三) 冬至における日影状況は、別紙図面(五)(旧園舎の場合)及び同図面(六)(新園舎の場合)のとおりである。

すなわち、園庭における日影状況は、新園舎になつても旧園舎の場合とかわらず、冬至の午前九時には園庭の南西部が陰になり、午前一〇時には約三分の一、午前一一時には約二分の一、午後一時には約四分の三、午後二時には東、西両側の各一部を除き殆んど全部、午後三時頃には西側から、徐々に回復に向うが、西側部分を除く全部(但し、複合日照問題については後述する)が日照となる。

3  そして、前記2認定の事実と〈証拠〉によれば、冬期、園庭南側の砂場は終日、日照を受けないため不衛生となつて砂場としての効用を失い、また、鉄棒などの遊具は冷え冷えとして原告ら幼児に遊びを誘発させることはできず、花壇の花の生長も悪く、花壇や園庭の南側に立つ霜柱も溶けにくくなるような状態で、園庭全体として寒々とした様相を呈し、勢い、原告らも自発的に園庭に出て自由遊びをすることが少くなつたことが認められ、これに反する証拠はない。

4  〈証拠〉によると、名古屋市は、市内の中高層建物の建築に関し、建築主、工事施工者に対し、日照障害配慮義務を定めた「名古屋市日照等指導要綱」を昭和四九年三月から施行したこと、右要綱によると、本件建物の敷地は日照保全地域第二種として、冬至の午前九時より午後三時までの間日照時間として三時間以上を確保するを要し、隣地への日影侵入は、敷地境界線外の水平距離で東北方面に対して六メートル以下、午前一一時及び午後一時における各部分の日影の敷地境界線外の水平距離は、当該部分から真東及び真西方向に対して五メートル以下であることを明定し、さらに、建築主に対し、児童福祉施設、学校等に対する日照時間につき、特に配慮するよう規定していること、本件建物は右各規定に牴触しており、したがつて、もし、本件建物の建築確認申請が右要綱施行後になされた場合には、建築確認を受けられなかつた事実を認めることができ、他に、これを左右するに足りる証拠はない。

五地域性

〈証拠〉によれば、東山保育園及び本件建物の各敷地は、名古屋市の中心部から東方に位置し、栄、今池を経由して東名高速道路名古屋インターチエンジに至る東山通りの北側約五〇メートル、地下鉄東山線本山駅から東北約三〇〇メートルほどの交通至便な場所にあり、現況は住宅地である。なお、建築基準法上は住居地域に属するが、付近一帯は未だ高層化の傾向は顕著にはみられず、わずかに幅員約五メートルの道路をへだてて東側に四階建の名古屋市立東山小学校の校舎と本件建物の西側に四階建のマンシヨシが建つているのが目立つ程度で、他は平家ないし二階建の一般住宅が殆んどであること(本件建物が住居地域に属することは当事者間に争いがない)が認められ、これに反する証拠はない。

六加害回避の可能性

〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

1  本件建物の敷地には、別紙図面(二)のとおり、本件建物のほか、被告大栄興業株式会社の事務所木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建、床面積36.65平方メートル及び同被告会社代表取締役野呂栄三の個人所有の鉄筋コンクリート造陸屋根二階建居宅、床面積一階135.49平方メートル、二階98.58平方メートル並びにガレージが南側部分に庭園が存する(右野呂栄三所有の居宅は、もと本件建物の位置の一部に平家建で存したものを、昭和四六年四月頃現在位置に二階建で新築したのである)。

2  ところで、別紙図面(二)に示すとおり、本件建物敷地の東南隅には、訴外岸弘方の敷地がくいこむような形で隣接し、本件建物等の敷地が鍵形をなしていることと、右敷地全体の面積866.10平方メートルに対し、右既設建物の建築面積は201.57平方メートル、本件建物のそれは264.46平方メートルであることから、本件建物は建ぺい率(六〇パーセント)ぎりぎりの約五五パーセントの制限で建築されている。そこで、本件建物は前記四2(一)で認定したとおり、その敷地の北側境界線(東山保育園との境界)に密接し、しかも、北側部分の敷地を余すところなく利用して建てられているが、南側の前記居宅とは約四メートルの間隔があり、また、右居宅南側から敷地南側境界線までは約七メートルあり、右居宅及び事務所等の敷地部分は、本件建物の敷地部分に比すると、若干、余裕がある。

3  そこで、東山保育園園庭に対する日照被害を回避し、ないしは軽減する一つの措置としては、本件建物を敷地の北側部分に寄せて建てるのではなく、南北に長い中廊下形態にして(右居宅にかぶさるようにするか、或いは右居宅を敷地東北部分に移動さす)建築する方法なども有効であつた。

七被害回避の可能性

〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

1 前記三3で述べたような東山保育園における保育の日課は、未だ、持続力の乏しい幼児に対して保育効果をあげるために、幼児の生活の流れの中で、活動と休息、緊張と解放という生活のリズムにのつとり組まれたもので、午後は幼児の疲労が蓄積するため、緊張を要する一斉保育は午前中に行うのが相当であり、これは、殆んどの保育園で採つている方式である。したがつて、東山保育園の保育内容の基本的計画を、園庭の日照時間、日照程度に照応して定めることは本末を転倒することとなる。

2  昭和五〇年二月下旬に完成した新園舎には、人工芝を敷いた屋上園庭が設置されたが、人工芝は静電気を発生し易いため園児に恐怖心を生じさせる結果となり、また、冬期には堅くなつて危険であるうえ、保母の定員の関係上、監視要員の保母を確保できないこと等の事情から、昭和五〇年四月以降屋上園庭は利用されていない。

3  園庭の砂場、鉄捧、ジヤングルジム、すべり台などを園庭のうちの日当りのいい場所に移動することは、日照のある僅かの場所に、単に、日だまりを求めて無秩序に集中するの結果となり、砂場、遊具の効用を減殺するのみか、事実上、これらを利用してする幼児の遊びを不能にするおそれがある。

4  原告らが近くに適当な保育園を求めて転園することは、保育時間、保育料、通園時間等からみて困難であり、原告らに不能を強いることになる。

八先住関係

〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

1  本件建物は昭和四八年一一月二四日に完成したが、原告らはいずれもそれより前に入園していた。

2  原告らのうち別紙在籍分類表二記載の原告らは、本件建物の建築中である昭和四八年四月に入園したが、右原告らは保育時間とか通園距離その他経済的事情などから他に適当な保育園に入園できない状況にあつた。

3  東山保育園の開園時期は昭和二六年頃である。本件建物の敷地である別紙物件目録(一)(2)(3)記載の土地を、被告大栄興業株式会社代表者野呂栄三が他から買受けたのは同年八月頃であるが同目録(一)(1)記載の土地を同人が買受けてその所有権を取得したのは昭和四三年四月頃である。

九原告らと被告大栄興業株式会社との折衝経過

〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

被告大栄興業株式会社は、当初別紙物件目録(一)(1)ないし(3)記載の土地上に、鉄筋コンクリート五階建のマンシヨンを建築すべく、昭和四七年八月一六日名古屋市建築局に建築確認申請をしたところ、右計画を知つた東山保育園園児の母親達は、右建物の建築により、東山保育園の園庭、園舎に日照阻害が生ずるとして、「東山保育園母の会」と「東山保育園太陽を守る市民の会」とを結成し、同被告会社代表取締役野呂栄三及び名古屋市にマンシヨン建築反対の意向を伝え、名古屋市に対し換地及び買上等を要請した。しかし、右野呂は自己の所有する土地を自分が利用するのは当然であり、かつ、隣地にあるのが住宅ではなく保育園であつて、園児は短期間在園するだけであること及び園舎自体の日影の阻害は少ないなどとして、これを無視する態度に出た。ところで 名古屋市は右の如き日照紛争が発生したので、前記建築確認申請を保留していたのであるが、これを不満とした野呂は名古屋市に対し書面で異を留めた。そこで昭和四七年一〇月七日、名古屋市民生局長、同建築局長らは右野呂と会見し、設計を四階に変更すれば建築確認をする旨の申し出をしたので 野呂は不本意ながらこれに応じ同年一〇月一一日建築確認を受けた。一方「東山保育園母の会」、「東山保育園太陽を守る市民の会」は、同月一八日、本訴提起の準備を始め、昭和四八年一月末ごろ名古屋地方裁判所へ建築工事禁止の仮処分を申請し、その後、野呂に対し話合を申し入れたが、同人の拒否するところとなり(その間被告大栄興業株式会社は屋上の水タンク及びさくの位置を変更)、同年一一月二四日本件建物が完成した(但し、昭和四七年八月一六日建築確認申請をしたこと、同年一〇月七日名古屋市民生局長、同建築局長らと野呂とが会見したこと、同年一〇月一一日建築確認がされたことは、いずれも当事者間に争いがない)。

一〇不法行為責任

およそ日照、通風をはじめとする居住環境要素の確保は、健康で快適な生活の享受のために必要不可欠の生活利益であるから、この利益を享受していた者が、その利益を阻害されるに至つた場合には、その阻害の程度が被害者において社会通念上受忍すべき限度を超えていると認められる限り、右侵害は違法といわねばならないのである。

いま、これを本件についてみるに、前記三ないし九で認定した各事実に基づいてこれを要約すれば、(一)原告らは東山保育園の園児にすぎないとはいえ、二才児ないし五才児として、それぞれ、一年から四年間、日曜祭日及び冬期の休業日を除く毎日、午前八時半頃登園し、午後三時三〇分頃まで(但し土曜日は正午まで)の約七時間すなわち一日の活動時間の殆んどを同園ですごしている者であること、(二)(1)およそ、保育園は家庭の欠損状況下にある乳幼児の福祉を積極的に増進することを目的とした社会福祉施設として、乳幼児に対し十分に養護のゆきとどいた環境の中で生活指導を行い、乳幼児の生活と遊びを守ることが要請されており、一方、乳幼児にとつて保育園は、知的、身体的、情緒的、社会的発達を遂げるための生活の場であること、(2)幼児が心身ともに健やかに成長するためには、活発な遊び活動、特に、屋外の遊びが主導的役割を有する。そこで、東山保育園を含む殆んどの保育園においては、保育のカリキユラム・日課の上で、一日約七時間の保育時間中、約四、五時間を園庭を利用しての屋外遊びとしている。幼児保育にとつて、「屋外の遊びの場」は欠かせない保育環境であり、広く、明るく、かつ、よく整備された園庭は、幼児にとつて生活の中心的場所として最も重要な保育の場であること、(3)このような機能をもつ園庭の日影になると、子供の遊び活動は停滞し、幼児の運動機能、精神機能の発達も阻害されること、(三)(1)東山保育園園庭の日影は、冬至の午前九時頃、先ず南西部から陰になり始め、午前一〇時には約三分の一、午前一一時には約二分の一、午後一時には約四分の三、午後二時には殆んど全部、午後三時頃からは回復に向うものの、ほゞ午後二時頃と同様である。園庭の有効日照時間を午前九時から午後三時までの六時間(右は、東山保育園の保育時間とほゞ一致する)として日照阻害状況をみると、園庭有効面積の半分以上が日影部分に入つてしまう時間は午前一一時から午後三時までの四時間に及ぶのであり、午前一〇時から一一時までの一時間についても、その阻害の程度は軽しとしないのである。このような状況にあるため、園庭の機能は有効日照時間の殆んどに亘り麻痺しているものといわねばならないこと、(2)そのうえ、小さな幼児らが園庭に立つて本件建物に臨んだ場合、至近距離に垂直にそゝり立つ本件建物は、幼児に対し心理的に圧迫感を感じさせるであろうことは容易に推認し得るところであり、かつ、また、通風その他の点でも保育環境の悪化は否定できないこと、(3)以上の園庭を中心とした保育環境の悪化は、児童福祉最低基準第四条にいう「保育の設備及び運営」を、実質的に低下させるものといわねばならないこと、(四)東山保育園及び本件建物の周辺地域は現況住宅地であること、(五)保育園が現下の幼児教育、養護につき有する役割、園庭のもつ機能等は前記のとおりであるので、被告大栄興業株式会社代表者野呂栄三としては、本件建物の建築に起因して発生する日照妨害に関しては、隣地に居宅が存する場合よりも、むしろ慎重に配慮し、園庭に及ぼす加害を回避し、或いは防止すべき措置を講ずべきであつたにも拘らず、当初の五階建の設計を四階建に変更したのみで、その他の加害回避ないし軽減のための対策を講ぜず、その敷地の北側いつぱいに本件建物を建築したこと、(六)東山保育園における園児の保育は、保育理論に裏うちされ、また、幼児の生活の実態に立脚したカリキユラム、日課により実施されているので、これを修正して、園庭の日照状況に合わせて園庭での遊びの時間を定めようとすることは、幼児保育の原理に反し、とうてい、実行に移し得ないところであること、屋上庭園の新設も園庭の日照阻害を抜本的に解決するものではないこと、及び、その他原告らには被害回避の可能性は存しないこと、(七)原告らには、その先住、後住の点において、格別、不利益に働く点はないことなどの各事実が特記されねばならないのである。

これらの諸事情を考慮すれば、後記一二で述べる如く、本件建物は当初五階建の計画であつたものが四階建に変更されたものであり、かつ、建築基準法上適法であること等の事情を考慮しても、なお被告大栄興業株式会社が本件建物を建築所有することによつて、原告らにもたらされる日照被害の程度は一応社会生活上被害者が受忍すべき限度を越えるものと認められ、したがつて、同被告会社の権利行使は違法であり、また、叙上の当事者間の折衝の経過その他右に説示したところからすれば、同被告会社は本件建物の建築により、園庭に対する日照妨害の発生することを予見し得べきであり、また、これによる損害発生を回避する手段を講ずべき注意義務があり、これを怠つた点に過失があるというべきである。すなわち、不法行為の成立は否定できず、同被告会社は本件建物の建築により原告らの蒙つた精神的損害を賠償すべき義務がある。

一一慰藉料

〈証拠〉によれば、原告らは、園舎改築工事に伴ない昭和四九年三月下旬から昭和五〇年二月下旬まで名古屋市千種区朝岡町の仮園舎で生活したことが認められ、これに反する証拠はない。そうすると別紙在籍分類表のAの原告らは旧園舎で一冬をすごし、Bの原告らは旧園舎及び仮園舎で各一冬をすごし、Cの原告らは旧園舎及び新園舎並びに仮園舎で各一冬をすごしたことになる。そして、前叙のとおり原告らの日照被害は冬期に顕著であるから、本件に顕われた諸般の事情を斟酌し、旧園舎において一冬日照被害を受けた原告ら(A・B)の精神的苦痛に対する慰藉料は金三万円とするのが相当であり、旧園舎及び新園舎を通じて二冬日照被害を受けた原告ら(C)の精神的苦痛に対する慰藉料は金五万円とするのが相当である。

一二建物撤去請求について

1  原告らの右請求は、原告らが本件建物の存在により、将来において、日照妨害の被害を受けるべきことを前提とし、その侵害排除として、建物部分の撤去を求めるというのである。したがつて、このような差止めの請求権を有するものは、将来おいても、日照侵害を受けるべきものであることを要する。しかるに、現在、なお、東山保育園に在園するものは前記在園分類表二4記載の原告三浦雅勝、同盛合美佐、同長谷部伴明、同磯部保直の四名のみであつて、その余の原告ら三九名は、既に卒園(一名は転園)しているのである。してみると、これら原告ら三九名のこの請求は、その余の点を判断するまでもなくして失当というべきである(この点につき、原告は第二、三、2において、原告らは環境権を侵害された当事者として、在園者、卒園者の別なく撤去請求できる旨主張するが、その趣旨は必ずしも明確でなく、とうてい採用するに由なきところである)。

2 そこで、右の原告三浦雅勝ら四名の請求について案ずるに、被告大栄興業株式会社が本件建物を所有することにより、同原告らが蒙つた日照被害は一応受忍限度を超えるものというべきことは、前記一〇に説示したとおりである。

〈証拠〉を綜合すれば、

(一) 東山保育園における春分の日、秋分の日及び夏至の日の日影は別紙図面(七)、(八)のとおりであつて、春分以降秋分までの間は、夏至を最高として、相当量の日照が確保できること

(二) 前記四2(三)認定のとおり冬至の午後二時には園庭の殆んど全部が日影になるのであるが、これは、本件建物の西側に存する四階建マンシヨンの日影が競合するためでもあること

(三) 本件建物が建築されても東山保育園の園舎及び園庭における天空狭さくの程度はそれほど大きくはないこと

以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

右の事実関係と、前叙のとおり被告大栄興業株式会社は、その理由はともかくとして当初五階建の計画であつたものを名古屋市当局の指導により四階建に変更したこと、本件建物は建築基準法上適法なものであること(尤も、本件建物の敷地は、同法上は、第一、二種住居専用地域のいずれでもなく、単に、住居地域にすぎないのであるから、本件建物が同法の規制に違反していないことは、日照保護の見地からは、さして、重視するわけではない)、その他、同被告会社の加害行為に格段の反社会性があるとも認められないこと、右原告ら四名も昭和五二年三月には卒園する予定であることとを考え合わせ、前記建物部分の撤去を許した場合の右原告らの利益と、右撤去のもたらす被告大栄興業株式会社の不利益を比較衡量すると、同原告らの蒙る日照の阻害を理由として同被告会社に対し、右建物部分の撤去を命じることは 明らかに不当といわねばならないのである。このことは、本件請求が、環境権ないし人格権として権利構成されることによつて、その結論に異同を生ずるものではないと解する。

したがつて、右原告ら四名のこの請求も理由がない。

第三原告らの被告日本国土開発株式会社に対する請求について

被告日本国土開発株式会社が本件建物を完成し、昭和四八年一一月二四日これを注文者被告大栄興業株式会社に引渡たことは、当事者間に争いがない。

ところで、原告らの請求は、将来において原告らが享受し得べき日照被害の除去及び過去の日照被害による損害賠償を求めるものであるから、本来、右差止及び賠償の責は、本件建物を所有し存置させている被告大栄興業株式会社においてこれを負うべきものであり、被告日本国土開発株式会社においては、他に特段の事情なき限りその責に任ずべきいわれはないものと解する。けだし、同被告会社は被告大栄興業株式会社との請負契約に基づく義務の履行として、同被告会社のため本件建物を建築し、これを引渡した請負人であるにすぎず、原告らとの関係において日照の妨害者とはいい難いからである。原告らは、被告日本国土開発株式会社は原告らの本件建物建築中止の要請を無視して本件建物を完成したとし、その責任を云為するが、このような事実は右の特段の事情には該当しないものと認められる。

してみると、原告らの被告日本国土開発株式会社に対する請求は理由がない。

第四結論

よつて、原告らの被告大栄興業株式会社に対する慰藉料請求は主文第一、二項掲記の限度で理由があるからこれを認容し、その余の右請求及び建物撤去請求は失当であるからこれを棄却し、原告らの被告日本国土開発株式会社に対する請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条、八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(可知鴻平 松原直幹 都築弘)

当事者目録

原告 石谷智

外四二名

右原告ら訴訟代理人弁護士 大脇雅子

外一二名

被告 大栄與業株式会社

右代表者代表取締役 野呂栄三

右訴訟代理人弁護士 渡辺門偉男

被告 日本国土開発株式会社

右代表者代表取締役 佐藤卓

右訴訟代理人弁護士 伊東富士丸

外三名

物件目録(一)、(二)、(三)、(四)《省略》

在籍分類表《省略》

図面(一)の一、二、(二)、(三)、(四)、(五)、(六)、(七)、(八)《省略》

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